世界が変わる様子を見よう

rapt理論が世界に広まるように。イルミナティの支配体制の崩壊を祈って。

「高校のお話」とこの世で一番の幸せとは何か。

 


f:id:Sano7:20170702155430j:image

 

 

エリートクラスの思い出|RAPTクリスチャンの物思い

 転載です。

≡≡≡≡≡≡

 

 私の通っている高校は偏差値60〜65で、2年生の頃から「Aクラス」と「Bクラス」に分かれます。成績上位20%近くがAクラスに行きます。希望者のみですが。

 
 
 
現在高3の私は、去年そのAクラスを希望し、成績もギリギリ足りていたので、Aクラスに行きました。なぜ希望したかと言うと、「Aクラスには頭が良くて、知的好奇心が強い人たちが集まるだろうから、RAPTブログを理解してくれるだろう」と期待したからです。
 
 
 
しかし、実際にはその逆でした。言ってみれば、彼らはお気楽で、「勉強が出来ていればそれでよし」という感じでした。彼らはちょっとだけ物覚えが良いだけで、視野の狭い人々でした。私は「こんなんなら、Bクラスに行けばよかった」と後悔しました。
 
 
 
Aクラスにいると周りに流されて「勉強しないと、バカにされる」というプライドが湧いてくるからです。プライドは「高慢の罪」にあたり、この思いが湧いてくる度、心が苦しくなりました。
 
 
 
また、一見するとこのクラスは仲が良く、明るいように見えました。しかし私にとっては、少々気持ちの悪いものでした。表現しにくいですが、何となく悪魔的、俗的で、「これで良いよね」と気の緩みを誘うものです。気が緩めば、サタンのつけ入る隙ができてしまいます。
 
 
 
日々勉強が出来ていれば、それで万事良しという考えは、神様を知る私から見ればとても愚かなことです。御言葉を実行して神様を愛せて、初めて万事良しとなるのです。
 
 
 
いい大学に行って、いい会社に入り、お給料を沢山もらう。まさにイルミナティの奴隷であり、心は何も満たされません。
 
 
 
ある日のある授業で、班ごとに分かれて「若者の幸せにする政策を考える」ことをしました。私は何か議論をするのが好きで、最初のうちは「一人ひとりの個性才能が活かされる社会にすべきだ!」ということを主張したいと思っていました。
 
 
 
しかし、彼らに真面目さが感じられず、「もっと田舎を都会化する」とか「もっと補助金を出す」とかいう、ふざけたような意見しか出ませんでした。
 
 
 
一年後には東大や京大、名古屋大に行くような人たちがです。私はすっかり熱が冷めてしまい、前述の主張をすることを止めることにしました。
 
 
 
ある子がこう言いました、「幸せって何やろなぁ」。それに反応して別の子がこう言いました、「お金じゃない?」。申し訳ないですが、「頭の中お花畑」です。
 
 
 
こういうことがあって私は「高学歴=頭がいい」ではなく、「高学歴=ちょっと物覚えがよくて、勉強にやる気がある人」という風に考えるようになりました。ちなみに現在私は、AクラスではなくBクラスに所属しています。
 
 
 
やはり、真に賢い人というのは、一言でいえば「神様を愛し、神様の知恵を学ぶ人」です。
 
 
 
その知恵はRAPTブログにあり。
 
 
 
読んでいただきありがとうございます。
 
 
≡≡≡≡≡
 
 私の高校もこんな感じです。
 
私はrapt理論も有料記事もバンバン宣伝しますが、基本的にバカにされて終わりです。
 
 
最初のうちは「一人ひとりの個性才能が活かされる社会にすべきだ!」ということを主張したいと思っていました。

とりあえず言ってみれば良かったのにね。

 

 

 

 

ある子がこう言いました、「幸せって何やろなぁ」。それに反応して別の子がこう言いました、「お金じゃない?」。

 
 でもrapt理論を理解していなかったら、
 
幸せ=金
 
と考えてしまうかもしれません。
 
 
それは違いますが。
 
イルミナティはこの世の富のほとんどを持っているので、基本的に何でもできます。
 
毎日高級な服を着て、高級な腕時計をカチリ
デカイ家に住み、大麻を使って乱交しまくって、好きな物を食べ、気が向いたら、国民を騙して金をぼったくる。
 
 
それなのに彼らの心には一切の安らぎがない。むしろ、常に不安と怒りに支配されています。
 
結局のところ、この世の富や名誉や自由や異性(彼らの場合は同性もある)では 心を一時的に満たせても、喜びや希望に満ち溢れることはありません。
 
 
それができるのは神様だけです。
 
神様に祈って、聖霊を注いでもらう以外の方法はありません。
 
 
 
 
(賛美したり、御言葉を学んでも聖霊を感じることができます。)
 
それでも祈りが必要です。
 
そもそも、人間の脳波に電気信号です。
 
つまり電磁波です。
 
 
 

そして聖霊はこの世で最も強力な電磁波です。

 
 
 人間の脳は充電しないと本来の活動ができないようになっています。
 
 
祈りは人間にとってのエネルギー充電の時間でもあるのです。
 
 これをやらないと、心の状態がどんどん悪くなります。現にストレス社会に生きる現代人は、名のごとく、ストレスまみれの生活をしています。
 
そんなことでは、いつか脳がイカれはじめてノイローゼになってしまいます。
 
自分はメンタルが強いから大丈夫だ。
 
明るいから大丈夫だ‼
 
 
とか言ってる場合じゃないです。
 
 
 サタンに攻撃されたら一瞬で、耐えられなくなります。
 
それで本当に自殺したくなります。
 
 
それを取り除けるのも祈りです。
 
人間の力は無に等しいですが、祈られる側は神様です。
 
神様の力は無限大です。
 
神様に頼りましょう。
 
頼っていいんです。
 
これがこれで困っていると神様に言ったら、これが解消し、これで解消します。
 
 
神様は本当にいます。
 
サタンもいます。